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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

この際、拝みたくもなろうというものだ。骨の髄まで大海の潮がしみこんだ赤銅色。ひねもすノタリ/\というとおだやかな様子だが荒天の無限のうねりを蔵している逞しさ。大竜とうとう左近の手をとって押しいただいて、

「キミの出馬によってこの日本全土が灘となって浪だつ。天下の熱血がわきたつのだ。たのむ! この大竜を助けてくれ。日本の熱血をかきおこしてくれ」

そこへ娘がお茶を、小僧が原稿「密輸船」を持ってやってきた。しばし大竜熱の演技に気をのまれて見とれている。大竜は気がついて、

「これなる美女は西江大将のワスレガタミ、わが社の専務、西江葉子クン。またこれなるは常務理事タコスケ、牛肉屋のセガレだ。この二人は重役だから逃げられない。オイ、重役、キミたちからも頼んでくれ」

「よろしく、たのむよ」とタコスケがいかにもオツキアイというマに合せの声で云ったが、葉子はだまっていた。落城寸前の大竜出版社に見切りをつけたらしい哀れさがただよっている。

左近は考えた。彼の船は三陸沖のサンマを追って帰ってきていま修理にかかっている。一月ぐらいはあまり用のない身体だ。左近は重役が気に入ったのである。