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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

「そう。ですから、それを妨げようとしたでしょう」

「それを妨げたのはタコスケたちだわ。私を白雲荘へつれだして妨げられる?」

「ええ」

「具体的に答えて」

「いまは云えないワケがあるのよ」

「それでも信用しなさいと仰有るの?」

「信用して下さらなければ仕方がないと思うけど、私はアナタが疑り深いと思うのよ」

「夏川さんが東京を立ち去らなければならないワケは話して下さると仰有ったわね」

「全然疑り深いんですもの。すこし休ませてね」

玉子はニッコリ笑みかけてからクッションに頭をもたせて目をとじた。そして目をとじても、やさしい表情を忘れていない。いつもやさしい目。やわらかな表情。おだやかな微笑。葉子はそれにウンザリしたのだ。腹をたてているくせに、いつもやさしい目。おだやかな表情。これぐらい腹黒いものもないように思われた。

四十五分ほどすぎて、車は雑木林にかこまれた丘の上の広い邸宅の門をくぐった。その丘全部をこの邸宅が占めているらしい。車が門をすぎると犬の猛烈な吠え声が諸方からわき起った。みると巨大な犬どもだ。それが十頭以上もいる。車のまわりに集ってきたが玉子の声に吠えるのをやめ、葉子をとりまいてなおも警戒を怠らぬ面魂が怖しい。