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ふくいんさつじんじけん
復員殺人事件
「座談 第三巻第六号~第七号、第四巻第一号~第三号」1949(昭和24)年8月1日~9月1日、1950(昭和25)年1月1日~3月1日(未完)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,621 字 · 195 页
ライトを向けて、充分に見定める間もなくやられたので、全貌は分らなかったが、二三十トンの漁船からなる相当数の船団らしく、応援隊がでた時は、すでに二時間経過しており、影も形もなくなっていた。
時をうつさずと云いたいが、かなりの時間をすぎて海岸に警戒網がはられたが、その船団の一部が小田原海岸へあがったという形跡がない。密貿易の船団が積荷を降していたとすれば、どこかへあがっている筈であった。
小さな市警へ二つの怪事件が起っては、人手不足で、とても充分に捜査はできない。ようやく朝もおそくなって、国府津や二宮、大磯などの警察から応援隊が到着して、どうやら組織的な捜査が行われるようになった始末であった。
「倉田組の持船はいつから出払っているのだね」
「責任者の滝沢の行方が知れませんので、ハッキリしたことは分りませんが、だいたい漁船というものは、小さな船でも一ヶ月ぐらい漁にでたまゝ戻らないことがザラですから、小田原の船が東京はおろか銚子の港や石の巻に休んでいたり、八丈島あたりで魚を追っかけていたり、ちょッと突きとめられません。倉田組の持船は二十四隻ありまして、十五トンから四十トンぐらいまでゞすが、カツオ船や棒受け網やキンチャク網や色々とあって、禁漁水域へ密漁にも出かけているように取沙汰されております」