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おもいちがいものがたり
思い違い物語
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页
それは憎むべき犯人に判決を与えてこれを刑務所へ引渡したときの裁判官の責任をはたした自信と幾らかの人間的反省とが混合した表情に似たものであった。
「どうなさいましたの、泰三さんは」
妻女が待ち兼ねたように質問した。右衛門は黙って自分の膳の前に坐った。泰助はちょうど食事を終って悠然と千賀に茶を注いで貰っていた。
「決闘をしにいったよ」右衛門は飯の残った茶碗を取上げながら、「――相手は五六人いたようだが、いや七八人かもっといたかもわからない、ひどく激昂して、卑怯者とか恥を知れとか喚いておったが、泰三はぐうの音も出しおらん、ひらあやまりにあやまって」
「それをお父さまは黙って見ていらしったんですか」
津留がそう云って非難するように父を睨んだ。
「どうしてお止めにならなかったんですの、お父さま」
「かれらは黙っていて呉れと云った」右衛門は晴れやかに答えた、「――御老職は黙っていて下さいとな、どうもしようがない、武士と武士との決闘とあってみれば、これはもうわしなどの口出しをすべきばあいではないし、それに考えてみるに、これは泰三には一種の薬であるかもしれん、こんな事でもなければあの軽率とお饒舌りと粗忽は治らぬかしれんのでな、いや男子はなにごとも修業、艱難辛苦を経験しなければお役に立つ人間は出来ぬものだて」