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おもいちがいものがたり
思い違い物語
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页
「本多孫九郎ですって」
吉太郎が大きな声をだし、かれらは互いに眼を見交わした。泰三はそんなことは気がつかないから、喧嘩のこと、井上角兵衛が仲裁にはいったこと、それから観水楼で盛大に仲直りの宴会をしたことなど、例のあけっ放しな調子ですっかり語った。
「かれらは先手を打った」吉太郎が仲間に向ってそう云った、「――われわれの先手を打って、典木氏を懐柔しようとしたんだ」
「なんだいそれは、あいつらになにか魂胆でもあるというのかい」
「その喧嘩はわざと拵えたものなんです」白井九郎兵衛が云った、「――井上が仲裁に出ることも、仲直りの宴会も、初めからみんな計画されたことなんですよ」
「へえ、妙な趣向を凝らすもんだね、こっちじゃあみんなそんな手数をかけて人と知合になるのかい」
「そんなばかなことはありません、かれらは特に理由があってそうしたんです」
野村吉太郎が沈んだような声で云った。それは自分の言葉に重みと実感を添えるためらしく、自然その表情や姿勢も厳としたものになった。
「その理由というのは、これは典木さんだから申上げるのですが、実に憎むべき汚職事件からきているのです」