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おもいちがいものがたり
思い違い物語
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页
……こう思うと気が気でなかったが、みんなの眼があるので体面上できる限り沈着な動作で、階段のほうへと近づいていった。が、近づいたとたん、彼は「あ」と云って両手を前方へ突き出し、「たた、た」と云いながら後方へとびさった。
たたたと云ったのは泰三に対する呼びかけであったか、それとも「大変」と叫ぶつもりであったか。ともかく右衛門がうしろへ退避するのと同時に、どしんだだだがらがらッというもの凄い音響が起こり、階段の上方から人間となにかの箱とがごっちゃになって、雪崩のように下方へと転げ落ちて来た。
この場面がどうなったかということは、これはもう紹介する必要はないだろう、それで四半刻ばかり時間をとばすことにするが。……それから四半刻ほど経って、泰三は自分の部屋で裸になって、躯の要所へ手当てをして貰っていた。手当てをしているのは津留である、彼女はぼっと嬌めかしく上気していた。それはその作業のために血行がよくなったのかもしれないが、或いはまた若い男性の裸の肉躰、――それは筋骨の秀でた逞しい、健康と精力に満ち溢れたものであったが、――に手を触れ、創薬を擦り込んだり膏薬を貼ったりするので、或る種の情緒的気分になったからであるかもわからない。