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おもいちがいものがたり

思い違い物語

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页

青空文庫

だが母親と姉はほかの話を始めた。

大略こんな状態のところへ、江戸から典木泰三が到着したのである。泰助の弟で年は二十三歳、藩主からお声掛りの赴任で、やはり山治家で面倒をみることになった。まだ泰三が来るまえのことであるが、その話を右衛門から聞いた泰助は、ちょうど菓子を喰べていたときであったが、それを喉へ閊えさせてうっと云い、千賀がいそいで茶を取って渡すと、その茶でようやく呑みこんで、悠然と眼をしろくろさせた。……そんなことは初めてで、相当に強い精神感動を受けたものらしく、「はあ、泰三がまいりますか」

こう云って深い溜息をつき、それからこんどは自分で自分に云いきかせるかのように、口のなかでそっと次のように呟いた。

「嵐が始まる、……安穏にやってゆけると思ったが、……やっぱりそうはいかないのか、……私はいいとして、……迷惑な人には、迷惑なことになるだろう」

ごく低い独り言であった。母親と千賀とは聞えなかったのだろうか、べつになんとも思ったようすはなかったが、右衛門と津留はなにかしら一種の印象を受けたらしい。右衛門は眉のあたりを緊張させ、津留は好奇心のために眼をきらきらさせた。