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こいのでんしちろう

恋の伝七郎

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页

青空文庫

相貌だ。支度をして竹刀を持って、ともかくも道場のまん中に立ちは立ったが、その姿勢は剣術をやるより煤払いのほうが似合っているようにみえる。だが断わっておくが哲人は至極まじめであって、些さかもふざけたりした気持などはない、それどころかむしろ哲学的といってもいいほど敬虔な態度なのである。

「なんという恰好だ」銀之丞はあたまごなしにこう罵しる、「おまえどこか紐が緩んでるんだろう、もっとしゃんとならないのか、胸をぐっと張ってみろ、膝をまっすぐに、下を向くんじゃない眼はこっちだ」「もう軍事教練はいけないんだぞ」「口をむすべ、詰らないことを云わないで腹へちからを入れるんだ、そんな……まあしようがない、いいから打込んでみろ、元気でやれ」

伝七郎は全身のちからをこめて打ちを入れた、相手の顔をみるとか、呼吸を計るなどという芸は少しもない、まっ正直にこう上段へ竹刀をすり上げて打込んだ。これでは相手が師範代でなくったって、打てよう道理がない、体をかわされてのめる、背中を銀之丞がちょいと突いた、「どこへゆくんだ」「しなしたり」こう叫んで振向くところを、面へ一本恐しく利く