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こいのでんしちろう

恋の伝七郎

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页

青空文庫

こういうありさまなので、普通の者でも馴れないとちょっと入りにくい、まして武士などの近寄る所ではないのだが、奇妙なことに伝七郎はその路次へ入るといかにも気楽そうな顔になり、まるで自分の故郷へでも帰ったようにほっと安息の溜息をつくのだった。彼は干してあるおしめや股引の下を巧みに潜りながら、泣いている子の頭を撫でたり喧嘩の仲裁をしたり、転んだ子を抱き起したりしてやる、それがなかなか上手で壺にはまっているし、子供たちの方でも「おじさん」とか、「やあ忠さんとこのおじさんだ」などと甚だ狎れ狎れしく呼びかける、そこで彼はいっそう眼尻を下げ、にこにこ笑っていちいち会釈を返しながら通り過ぎるといったぐあいであった。

その路次の奥に共同の井戸がある。その井戸から斜交いになった長屋の一軒、表にもう葉の黄色くなったなにかの鉢物を五つ六つ並べ、腰高障子に「忠」という字の書いてある家を伝七郎はおとずれた。「ああいるよ」と中から妙にしゃがれた声で返辞が聞えた。「構わず開けてくんな、誰だい」「おれだ」障子を開けて入るとひと間きりの六帖のまん中で、褌ひとつになった