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こいのでんしちろう

恋の伝七郎

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页

青空文庫

「…………」娘は猿轡を噛まされた首を振り、いやいやをするように身もだえをした。伝七郎にはそれがあらゆることを拒否する身振りのように思え、胸がきりきりと痛みだした、「貴女にはわかって頂けないんですね、まったく、それが本当でしょう。こんな無礼きわまる乱暴をしながら、心がきれいだと云っても信じられる道理はない、貴女にはたぶんお笑い草でしょう」こんなことを云いだすのは、すでに良心の呵責というやつが始まった証拠である、へんに息ぐるしくなり、心臓がどきどき烈しく搏ちはじめた、その上いけないことに、閻魔大王の像が鼻先に睨んでいる、だんだん眼が暗がりに慣れてくるから、顔かたち体つきまで朧ろげに見える、大きな口をくわっとあいて、巨大な両眼を怒らしてはったとねめつける形相は、暗がりの朧ろな中だけに活き活きとして、今にもその口から喝と大叱咤がとびそうに思える。伝七郎の首が少しずつ縮んできた、見まいとすれば余計に怖い、身をすくめながら外方を向いていたが、やがて堪らなくなったのだろう、厳然として立つ閻魔の像の方へちょっと頭を下げ、「さあ三枝どの帰りましょう」