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こいのでんしちろう
恋の伝七郎
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页
若者が半だの手桶だのを並べ、爼板を前に据えて魚を作っていた。彼は入って来た伝七郎を見ると満面を崩してようと叫んだ、「こいつは誂えたようだ、来てくれりゃあいいがと思っていたところだ、まあとにかく上ってくんねえ」「なにをしているんだ」伝七郎は刀をとって上ると、相手の前へどかっと気楽そうに坐った、「おっ、鰯だな」「鰯よ、こっちを酢にしてこっちを塩焼きにして、熱燗で一杯という趣向なんだ」「悪くない、おれもなにか手伝おう」「なにもうこれでおしめえだ、いいから坐っててくんな」「火はもう起ってるのか」「これからだ」「それじゃあそいつをおれが引受けよう、焜炉は台所だったな」「ああ炭は上げ蓋の中にある」よしと云って伝七郎は手早く袴をぬぎ着物をぬぎ、なんと半襦袢に下帯ひとつという、武士としてまことにいかがわしい恰好になって、しかし恐しく楽しそうに台所へ出ていった。
さて、二人がささやかな酒宴の仕度をしている間に、あらまし彼等のことを紹介しておくとしよう。まず伝七郎だが、彼はここ備後のくに福山十万石、安倍伊予守の家臣で、永井平左衛門という者の三男である、父の平左衛門は九百石の中老で、名誉心の強い