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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
06 第六分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页
――光秀は、膠着したままの自軍をながめて、
「あら。恥かし!」
と思った。
信長の恩寵を、人いちばい厚くうけている自身を、そこに顧みるほど世上にたいしても、
「かくては名折れ」
と、焦心らずにいられなかった。
悠々と政治軍事の経策に理念をめぐらしている人である時、彼は世間にもざらにない大器であった。いわゆる人材のすぐれたものであった。けれど、その裏面性の感情から衝かれて、ものの思考に入ると、別人のように、みだれやすかった。当面の些事にもひどく拘泥して、明晰な頭脳も、それに支配されてしまう。
かれの聡明と、文化人的なつつましさは、平常の言語行動においては、彼の内部にそんな脆弱な欠陥があることなどは、まったく気ぶりにも他人へ覗かすことはしない。一族近臣にすら窺わせない。ただ彼自身が、自身だけで、
(――こんなことでは)
と、誡めているだけだったから、その胸中の苦悶はまた人いちばいのものであった。
「だめです。あらゆる作戦も、ほとんど城中の敵には、何のこたえもないかのようで。――この上はただ濠を深め、柵をかため、長囲を期して、敵を干乾しにするよりほかには」
と、帷幕の智嚢も、前線の部将も、いまは挙って、それにだけ一致していた。