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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
06 第六分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页
「御台所口より戻れ」
と、城士が通路を指さし、大勢の足は自然に、結いまわされた青竹垣に誘われて、御台所の側へ流れ、お厩口へあふれ出して行った。
するとそこに、思いがけなくも信長自身が、近習たちと共に、新莚の上に立ちはだかっていて、
「礼銭を忘れずに置けよ。百文ずつの礼銭をわするるな」
と、手ずから銭を受取っては、後ろへ向って投げているのだった。
もちろん無数な群集のさし出す無数の手と銭とは、とても信長ひとりでは受けきれない。堀久太郎の部下や、近習も、手伝い手伝い受けてはうしろへ投げている。
けれど、群集の心理は、必然、信長の前へ前へと押して来た。わずか百文の税を、信長に手ずから受取って貰えるなどは、これも一代の光栄、この後はないことと思うのであった。
こうして信長のうしろには、またたくうちに、銭の山が幾つもできた。それを足軽組の者がすぐ叺につめ込んだ。そして叺詰の銭は間もなく奉行の手から城下の役所へ下げ渡され、安土の町々に窮民を尋ねて、この正月をぽかんとしていた貧民を戸ごとに賑わした。
そうして裏町の隅々まで、この正月には飢えている顔はない、と想像することも、信長にとってはやはり一つの愉楽だった、自己の正月を大らかにするものだった。