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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

光秀には、この老臣の、やさしい舅御にも似ているいたわりがよく分っている。

「湯浴みか。……そうだの。こういうときは、一風呂浴びたらさだめし爽やかになるかもしれんな」

「そう遊ばしませ。御案内いたします」

利三は、いそいそ、先へ立つ。

風呂と聞いて、早速、次の間にいた小姓が、この家の息子に告げにゆく。

紙燭を持って、息子は、宵の湯殿の入口に、うずくまっていた。

「田舎風呂でござりまする。まことに、やぶせくて、諸事行き届きませぬが」

光秀は、息子の影へ、眼を落したが、黙ってそのまま湯殿へ入る。小姓、利三がうしろに寄り添う。

しばらく、中で湯の音がしていた。利三が外から云った。

「殿。……お背中をおながしいたしましょうか」

光秀の声で、

「小姓がおろう。老体の手をかりては気がすまぬ」

「いえいえ」

利三は、入って行った。そして小桶に湯を汲んで、うしろへまわった。かかる例はないが、ここは戦陣の出先、また折ふし、きょうは常ならぬ主人の顔いろ、何とかして、その気分を、一転させたいと願うのであるらしい。

「一方の将たる者に、垢など落させては」

光秀はあくまで謙虚だった。家臣に対してもつねにこう遠慮気を示すのは光秀の特長でもあり短所でもあると、利三などは、むしろその性格の一面は余りよいとは考えていないほうであった。