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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

05 第五分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页

青空文庫

その、今を。

彼はなお、頑然と、ここに生き残って、眸の光を、失っていなかった。

(何を望みに?)

(何の面目あって)

自分をつつむ世の嘲罵悪声を、彼は、知らないではなかった。身をめぐってキチキチ飛ぶ螽のように聞いていた。――けれど、涼風を懐中に容れながら聞いていれば、それも気にはさわらない。ひとつの風情と観ることもできる。

憂きことの

なほこの上につもれかし

かぎりある身の

力ためさん

自作の歌だ。数年まえに彼が述懐した歌である。いま、それを心の奥に口誦む。

(孤忠、かならず、つらぬき徹します)

幼少から自分を励ましてくれた母にちかい、旧主にちかい、また、天に誓って、苦戦の陣頭に臨んだとき、宙天の三日月へ合掌して、こう誓言をたてた青年の発足を、彼はいま、新たに胸へ呼び返していた。

==我ニ百難ヲ与エ給エ!

乗りこえ乗りこえ、その百難をここまで踏みこえて来たのである。一難をのりこえては、一難をふり顧るときの生命の大きな呼吸。あの愉快極まる人生の快味を、鹿之介は、みずから名づけて、

(男児の本懐)

としていた。

(百難おのずから憂いなし!)

こうした人生からさらにすすんで、鹿之介は、その百難の中に、大きな歓喜すら味わって来た。