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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

05 第五分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页

青空文庫

「お小姓さん。逃げなされ」

「たまるものか、そのとらに取っ捕まっては」

騒いではいるが、相手は恐いし、救う術もなかった。

だが、虎之助は、顔いろもかえていなかった。

片手に抱えていた書物を、酒屋の内へ抛りこむと、

「やめないか」

と、口をへの字にむすんで、相手に念を押した。

「来いッたら来いッ!」

禿久が、遮二無二、腕を引っぱると、虎之助は身をねじって、空いている左の手で、脇差を抜いた。

「わッ、ちッ、ちくしょうッ」

刃ものを見ると、彼の熟柿のような顔も、一瞬に、さっと青ざめた。その筈である、どうやって斬ったものか、禿久の片腕が、ごろんと、下に落ちていた。

もちろん鮮血はほとばしっていた。酒気のあったせいか、それは夥しい血だった。虎之助の胸から袴へもかかって、見ていた者の眼をおおわしめた。

「や、やりゃあがったな」

禿久は猛然、むしゃ振りついてきた。脇差はすッ飛んだ。巨きな体躯と、小さい体が、たちまち上になり下になりして、土と血にまぶされた。

いかに猛勇な禿久も、腕の一本を失くしては、もう日頃の威力もなかった。それに出血はひどく、見るまに貧血して、ぐったりと、虎之助の下に組みしかれていた。