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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

05 第五分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页

青空文庫

「羽柴家の恥さらしめ。弱いもの虐めの極道め」

虎之助はそう云いながら、相手の眼や鼻がくしゃくしゃになるほど拳でぶん撲っていた。

「…………」

遠く逃げ退いて見ていた人々は声を出すのも忘れていた。あとの祟りを恐れてではない。あまりに予想が外れたからである。

虎之助は、脇差や書物を拾って、もとのように書物をかかえると、遠く見ている人々へ。

「もう大丈夫だよ。たれか酒屋の年よりの縄を解いておやり。それから、この足軽は、奉行所へ渡すといいよ。それが一ばんいいよ」

云いすてると、彼は見向きもせず立ち去った。長浜城の狭間にはもう燈灯がついて、夜となった町の辻には、いつまでもがやがや人が躁いでいた。

真っ暗な石井戸のそばで、たれか水でも浴びているような音がする。主命で探しに来た市松は、闇をすかして、

「於虎かあ」

と、よんでみた。

「おうい」

と、のろまな返辞がする。市松は怪しみながら側へ寄って、

「何をしているんだ、この夜中に」

と、裸の虎之助を見まもった。

「洗濯だよ、洗濯だ」

ざぶざぶ小袖と袴を洗っている。市松が、泥溝にでも転げ落ちたのかときくと、うむと、頷いて洗っている。