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にほんばし
日本橋
泉 鏡花
「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页
思出し笑と大差は無いので、これは国手我身ながら(心細い。)に相違ない。
その虚に憑入る、魔はこんな時に魅す、とある。
今、橋の上を欄干に添って、日本銀行の方へ半ば渡り掛けると、橋詰の、あの一石餅の、早や門を鎖した軒下に、大な立ん坊の迷児のごとく蹲っていた男がむらむらと立つと、ざわざわと毛の音を立てて、鼻息を前にハッハッ獣の呼吸づかい。葛木の背後に迫って、のそっと前へ廻ると、両手を掉った不器用な、意気地の無い叩頭をして、がくりと腰を折って、
「国手、お願い!」
と喘いで云う。
はっと一歩あとに退いて、立停って、見透して、
「何だ、何ですか。」
彼の影の黒く大なるに対して、葛木の手のカウスは白く、杖は細かった。
「直訴であります。国手。」
「直訴とは……?」
「直訴とは、……直訴とは、切、切羽詰ったですで、生命がけで、歎願をするですで。貴方を将軍家だ思うて、橋から青竹を差出します。俺は佐倉宗五ですのだで、ええ。この願を聞届け遣わされりゃ、殺されても、俺、礫になっても可えのですだで。国手。」
「何です。……唐突に、と云うんだけれども、私はお前さんを知っています。また、お前さんも知らないとは言わせますまい。