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にほんばし
日本橋
泉 鏡花
「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页
もっともこの一石橋の夜の御領主、名代の河童が、雨夜の影を潜めたのも、やっと五六年以来であるから。
初夜も過ぎた屋根越に、向う角の火災保険の煉瓦に映る、縁結びの紅い燈は、あたかも奥庭の橋に居て、御殿の長廊下を望んで、障子越の酒宴を視める光景! 島田の影法師が媚めくほど、なお世に離れた趣がある。
偶にこぼれて出て来るのは、小姓梅之助に手を曳かるる腰元の青柳か、密と外して酔ざましの椎茸髱。いずれも人目を忍ぶ色の、悪くすると御手討もの。巡査と対向に立ったのなんぞ、誰も立停まって聞くものは無い。
夜は、間遠いので評判な、外濠電車のキリキリ軋んで通るのさえ、池の水に映って消える長廊下の雪洞の行方に擬う。
が、名を憚った男の、低い声に、(ああん。)と聞えぬ振して、巡査が耳を傾けたのは、わざとらしく意地悪く見えた。
「すすむ、いわゆる、進歩ですかね。」
「いや――高杉晋作の晋なのです。」
と向直る。
巡査の背がぐっと伸びて、じろりと行って、
「維新創業の名士、長州第一の英傑じゃね。ああ、豪い名前でありますな。ふん。」
「親がつけたんです。」
と、苦笑したらしい。
「成程、大きにそこもあるですね。