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にほんばし

日本橋

泉 鏡花

「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页

青空文庫

と少し訛る。

「はい。」

むかし権三は油壺。鰊蔵から出たよな男に、爺さんは、きょとんとする。

羆は件の横睨みで、

「おい、帰るのかあ。」

「家へかね。」

「うむ。」と頷く。

「帰りますよ、はい。」

「帰ると……ふん。どこか道寄りはせんのですかい。」と、悪く横柄な癖に時々変徹に丁寧なり。

「道寄りとおっしゃりますと?……」

「何よ、あれだ、お前、今あすこで。」

と人指一本、毛の中へちょいと出し、

「あれよ、芸者と少い男と三人連に逢うたでしょうが。」

「はい、はい。」と大な口を開けて続けざまに頷きながら、目はかえって半ば閉じて、分別したは老功也。

「知ってるだろうが、姉さんはお孝と云うのだ。少い妓はお千世よ。」

「さようでございます、はい。」となお胡散らしく薄目で見上げる。

「阿爺どのは、どうやら大分懇意らしい様子ですな。」

「ええ、いいえ、些少の。何、お前さま。何かその、私に用事で。」

「火を一つ貸してくれ。」

と云う、煙草より前に、蔵造りの暗い方へ、背を附着け、ずんぐりと小溝を股に挟んで大きく蹲み、帽子の中から、ぎろぎろと四辺を見た。が、落こぼれたような影もまばらで、開いているのは、地蔵尊の門と、隣家の煙草屋の店ぐらいに過ぎなかった。