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あんこくせい
暗黒星
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」1939(昭和14)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 94,000 字 · 188 页
狂気の世界であった。
さすがに強情我慢な主人の伊志田氏も、妻を失い、子を失い、しかもそれらの殺人の下手人が綾子であったと聞かされ、確証を見せつけられ、その綾子は今どことも知れぬ他国の空に、ジリジリと狭まってくる警察の網の中に、ただ一人身を悶えているのかと思うと、何をどう考えていいのだか、物思う力も尽きはて、ただ茫然と、狂気の一歩手前に踏みとどまっているばかりであった。
七十八歳の祖母は今やまったく狂人であった。彼女は何を思ったのか、古い白無垢の着物を着て、昼も夜も仏間に坐りつづけていた。
仏壇の扉を左右にあけ放ち、なん本となくロウソクを立てつらねて、一心不乱に経文を読誦しながら、絶え間なく伏せ鉦を叩きつづけ、誰が言葉をかけても、憑きものがしたように振り向きもしなかった。
一郎青年は、一郎青年で、負傷がやっとなおったかと思うと、麻酔薬に倒れて、一夜を物置きにすごした疲労から、ほとんど放心状態で、昼もベッドに横たわっていた。
だが、伊志田一家の不幸はそれで終ったわけではない。綾子が尾張屋を抜け出したことが確かめられてから三日目の夜、又しても恐ろしい呪いの影が、取り残された三人の上におそいかかってきた。