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あんこくせい
暗黒星
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」1939(昭和14)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 94,000 字 · 188 页
伊志田氏は、自分の頭がどうかして、ほんとうの声ではなくて、幻聴におびやかされているのだとしか考えられなかった。
だが、それが幻聴でなかった証拠には、その同じ夜、伊志田氏は悪魔の声の主を見たのである。例の影のような黒覆面の人物をまざまざと見たのである。
九時半ごろであった。伊志田氏は就寝前に入浴する習わしだったので、その夜も湯殿のタイルの浴槽に浸っていた。充分洗い清めたとはいえ、亡妻の血を流したあの浴槽である。別に湯殿を造るつもりではあったが、重なる不祥事のために、まだその暇がなかったのだ。
廊下には書生が見張り番を勤めていた。窓のそとの庭も、ほかの書生が巡廻をおこたらなかった。
伊志田氏は浴槽に浸って、ガラス窓のそとの闇を見つめていた。今しがた書生の姿が、その前を歩いていったばかりだ。怪しい者が、いるはずはない。だが、そう信じながらも、おびえた眼を闇に向けないではいられなかった。
すると、いま立ち去ったばかりの書生の黒い影が、窓のそとへ戻ってくるのが見えた。どうしたのかと眺めていると、その黒い影は必要以上に窓に接近してきた。接近するにつれて、浴室の電燈の光で、そのものの姿がだんだんハッキリした。