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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
――宇乃はいまなにを考えていた。
あるときそう訊いてみた。それは夏のはじめごろのことだったが、宇乃は訝しげに甲斐を見て、それから急に顔を赤くした。ぼうと赤くなったきり、宇乃はなにも云わなかったが、甲斐にはすっかりわかった。
――そうだ、訊くまでもない。
宇乃は心のなかで話しかけ、心のなかで彼と問い答えしていたのである。顔を赤らめながら、眼をそらせた宇乃の表情に、そのことを明らかに認めたと、甲斐は思った。
宇乃が音もなく立った。甲斐が振向くと、宇乃は「お湯殿をみてまいります」と云い、静かに階段のほうへ去っていった。
その建物に付属する湯殿は二つある。一つは藩侯の専用で、そこから一段さがったところに、家臣たちのものがあった。――甲斐は負傷して以来、ゆあみは独りでするようになった。それは傷痕がかなり大きく、醜いので、人の眼にふれるのが不愉快だからであった。
甲斐が湯殿へはいり、宇乃が次の間に浴衣を揃えて待っていると、塩沢丹三郎が来て、自分が代ろうと云った。彼は十七歳になり、もちろん元服しているし、背丈も伸び、躯もかなり逞しくなったが、顔だちや挙措はまだ少年らしく、二つ年下の宇乃のほうが、はるかにおとなびてみえた。