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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

と云った。

「ひとことだけ聞かせて下さい。貴女は私を嫌っているのではないんですか」

「なぜそんなことを仰しゃいますの」

「私の云うことに返辞をして下さい、貴女は丹三郎が嫌いなのではありませんか」

宇乃は彼を見た。その眼は依然としておちついていたし、その表情には、彼がなぜそんなふうに云うのか理解できない、とでもいいたそうな、訝しげな色があらわれていた。

丹三郎はするどく顔を歪めた。宇乃の、冷静で、無感動なようすは、嫌いだと云われるより、はるかに深く、無残に彼をうちのめした。

「無礼をゆるして下さい」

丹三郎はそう云って、顔を垂れ、それから立って出ていった。宇乃はそっと眼をつむった。独りになった瞬間、彼女には大きな変化が起こった。無表情な顔が哀しげにくもり、姿勢が崩れて、強い緊張から解放されたかのように、大きく、ふるえる溜息をついた。――これで済んだ。と宇乃は心のなかで呟いた。

丹三郎から文を渡されたのは、甲斐の供をして、この青根へ来た夜のことであった。宇乃は彼を兄というくらいに思っていたから、読んでみて、それが求愛の文だと知ると、裏切られたような怒りをおぼえた。