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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

「松山がそれを云ったのか」

「茂庭さんからじかに聞きました」

甲斐は手を膝へおろした。

おろしかたが荒かったので、その動作は膝を打つようにみえ、はたと音がした。しかし甲斐は平明な、少しも変化のない表情で「ふしぎな人だな」と云った。

「誰がです」

「松山がだ、もしその盟約が事実だとしたら、ほかへはもれないようにする筈だ」

「ほかへもれたんですか」

「現に七十郎が知っている」

「私がですって、――貴方はこの七十郎を、そんなふうにみているんですか」

「私はどんなふうにもみない」と甲斐は穏やかに云った、「私は臆測や疑惑や勝手な想像で、人をみたり商量したりすることはしない、誰に限らず、なにごとによらず、私は現にあるとおりをみ、現にある事実によってその是非を判断する、もしそんな盟約があるとすれば、盟約者以外には秘してもらさぬ筈だ、たとえそれが七十郎であろうともだ」

七十郎はちょっと口をつぐみ、それから、さぐるように云った、「貴方は松山を非難するんですか」

「私は人を非難したことなどはない」

「ではいまの言葉はどういう意味です」

「わからない男だ」と甲斐は頭を振った、「七十郎は長崎までいって、ねぼけて来たようだな」