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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

「義兄のところへ嘆願に来て、貴方は許さないがぜひ鬼役にあがりたい、どうか奔走をたのむと、血書を出して懇願したそうです」七十郎は屹と甲斐を見た、「彼は青根の宿で、義兄と貴方の問答を聞いたらしいですね」

「それで終りか」

「終りです、しかし、これで彼が召出されるとすると、御身辺からだいぶ人が去ってゆくわけですね」

「私からも一言いっておこう」と甲斐が云った、「青根の宿で、伊東どのはこう云われた、七十郎は乱暴者かもしれないが、大事と小事をみあやまるほど、早合点な人間ではないと」

「それがどうしました」

「私はそれが事実であってくれるように願う、それだけだ」

そして甲斐は出ていった。

着替えをしていると、湯島から使いの者が来た。出府してから、まだいちども湯島へいっていない、「いつ来てくれるか」というおくみの催促であった。甲斐は、数日うちに、と答えさせた。――支度が終るとすぐ、矢崎舎人、辻村平六の二人を供に、宇田川橋の伊達兵部邸へゆき、そこから兵部と共に、乗物で酒井雅楽頭の本邸へいった。酒井邸は千代田城大手の下馬先にあった。

国老就任の挨拶なので、酒井家では老臣の関主税が接待に出、兵部と甲斐とは熨斗目麻裃に着替えた。