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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

「久世侯(大和守広之)がお相客になります」と関主税が注意した、「しかし、べっして辞儀には及びませんから、どうかそのおつもりで」

案内されたのは、小書院であった。

久世大和守は平服に袴、雅楽頭忠清は白の綸子の小袖に、無紋の同じ羽折をかさねており、風邪ぎみだからかさねている、と雅楽頭は断わった。小書院には上段がなく、雅楽頭と大和守は対坐していた。兵部は大和守の次に坐り、甲斐はずっと下座に坐った。

雅楽頭は四十歳になり、三年まえ湯島の家であったときよりは、さらに肥えてみえた。風邪ぎみだというけれども、顔色は冴えているし、その大きな、するどい眼にも、威厳と重みが加わっていた。――まえの年(寛文二年)に松平信綱が死んでから、老中の実権は彼がにぎったかたちで、このときから三年後に大老となり、のちに「下馬将軍」といわれるに至った威勢は、そのときすでにその容態にあらわれていた。

兵部が甲斐の国老就任を披露したが、雅楽頭は冷やかに聞きながし、大和守ととり交わしていた話題のなかへ、兵部をひきいれた。

大和守は甲斐を見た。雅楽頭の態度は、明らかに、甲斐に対するいやがらせである。