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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

と評されているくらいだから、甲斐に対する雅楽頭の態度を、そのままみのがしていることができなくなった。彼は雅楽頭の話しがひと区切りついたとき、ふと甲斐に向かって呼びかけた。

「いつぞや胡桃味噌というものをよこされたと思うが、そこもとからでしたな」

「さようでございます」と甲斐は答えた、「国もとの農家などで致しますのを、いかがかと存じてお笑い草にさしあげました」

「いつでもありますか」

「さあそれが」と甲斐は苦笑した。

元来が農家の炉端のもので、多く冬に作られるが、自分は大量に製して産物にしようと試みた。さしあげたのはそれで、評判がよければ江戸で売り広めようと思ったのであるが、混ぜものをした味噌は貯蔵がきかず、味が変るので商品にはなりにくい、結局は失敗してしまった、ということをかいつまんで話した。

大和守は笑って、こなたにそういう道楽があるとは思いがけないことだ、と云った。いや、道楽どころではない、家政が苦しいので、そんなへたな才覚もしなければならないのだ、と甲斐は答えた。

そのとき、じっと甲斐のようすを眺めていた雅楽頭が、よくとおる韻の深い声で呼びかけた。