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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

おみやは新八を座敷へあげてから、紙に包んだものを老婆に渡し、なにか囁いた。老婆は承知して去った。

「あら、来てごらんなさい」おみやは濡縁に立ったままで云った。

「ちょっと来てごらんなさい、梅が咲いていることよ」

新八は坐ったままそっちを覗いた。梅の木はみな古く、撓めた幹や枝ぶりが、午ちかい日光のなかで、いかにも清閑に眺められたが、新八のところからは花は見えなかった。

「この辺は暖かいのね」

おみやはそう云いながら、こちらへはいって障子をしめ、とびつくように、坐っている新八に抱きついた。新八はぶきように拒んだ。

「逢いたかったわ」おみやは躯を放して云った、「あなたはなんでもなかったのね、新さん、そうでしょ、あたしがいないからせいせいしてたんでしょ、ねえそうでしょ」

新八は赤くなり、なにか云おうとしたが、言葉が出なかった。そのとき、濡縁のところへ人の来る足音がし、「ここへ火を置きます」と云う娘の声がした。おみやが立ってゆくと、濡縁に火桶が置いてあり、娘の姿はもう見えなかったが、おみやが火桶を持って戻ると、すぐにまた茶の道具をはこんで来た。

おみやは茶を淹れながら、はっきり仰しゃいな、と云った。