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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

雅楽頭は性急に「申せ、申せ」とたたみかけた。甲斐は穏やかに、ではどうかお怒りにならぬようにと、断わってから云った。

「おそれ多くもあり、また、退屈でございます」

「おれが退屈か」

「お怒りなきようにと、お願い申しました」そして甲斐は座をすべった、「どうやら御機嫌を損じたもようです、もう御挨拶も済みましたし、私はこれでおいとまをいただきます」

「そうはならんぞ」と雅楽頭が云った、「その男はかつておれの盃を拒んだ、今日はその男に代ってその方に盃をくれる、それを受けるまで立つことはならんぞ」

「これはどうも」と甲斐は坐り直した、「お眼障りかと存じておいとまを願ったのですが、お盃が頂戴できるとは果報、おゆるしのあるまで御相伴つかまつりましょう」

雅楽頭は片手で膝を打った。だが、さすがに自制したらしい、しいて笑いながら「席を変えよう」と云い、大和守に向かって会釈をした。

もちろん命じてあったのだろう。移った数寄屋には小酒宴の席ができており、四人が座につくと、すぐに膳部がはこばれた。そして、数寄屋へ移ると、雅楽頭はまた甲斐を無視しはじめた。

――八十島主計の代りに盃をくれよう。