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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

そう云ったことさえ忘れたかのように、盃もくれず、大和守と兵部を相手にして、さも興ありげに話したり笑ったりしていた。

給仕には侍でなく、七人の腰元が坐った。甲斐はそのなかに、どこかで見おぼえのある女が、一人いるのに気づいた。七人のなかではいちばん年嵩らしい、二十一、二か、もう少し上くらいにみえる。背丈も低いほうであるが、調和のとれた、かたちのいい躯つきで、立ち居の姿に下町ふうの嬌めかしさと、かなり濃厚ないろけが感じられ、それが他の六人のなかで際立ってみえた。

――たしかに、見たことのある女だ。

甲斐はさりげなくその女を眺めながら、どこで見たかを思いだそうとした。女のほうでもそれに気がついたのだろう、どうやら甲斐を避けるようすで、近くへは来ないし、絶えず顔をそむけるようにしていた。

そのうちに雅楽頭がその女を呼んだ。

「滝尾はここへ来い」

その女は立っていった。

――あれが滝尾か。

中黒達弥の手紙に書いてあった女の名を思いだして、甲斐の興味はさらに強くなった。なにか曰のある女だ、どうやら自分を見知っているようだし、見知っていて避けようとするのは、こちらに気づかれては困る理由があるのだろう。