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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
と丹三郎は云った、「不敏ですから詳しいことはわかりませんが、さきごろからの御前の御苦心は存じております、そして、もし私が鬼役で死ぬとすれば、いくらかでもお役に立つのではないかと思ったのです」
甲斐は「ああ」と太息をついた。それは重荷に耐えかねた人の、苦痛の嘆息のようであった。
それからしばらくして、甲斐が云った。
「どうしても思いとまる気はないのか」
「はい」と、丹三郎が答えた。
「ばかなやつだ」と甲斐は呟いた。
もちろんそれはべつの言葉と置き替えるべきものであった。そしてまさしく、丹三郎はそれをべつの言葉に置き替えて受取った。たとえば甲斐が黙っていたとしても、丹三郎にはよくその心がわかったであろうし、甲斐もまた、丹三郎が理解するだろうことを知っていた。
甲斐は「よし」と云った、「それを惣左に渡してまいれ、今日はおまえが供をするのだ」
「お出ましでございますか」
「いとまが三日できた、湯島へまいろう」
丹三郎は「はい」といって立ちあがった。
湯島の家も三年ぶりである。供は村山喜兵衛、矢崎舎人、塩沢丹三郎の三人。珍らしく土産物を持っていったが、甲斐の顔を見るなり、おくみは涙をこぼしてすぐにはものも云えず、立つこともできないようすだった。