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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

館へ着くと、甲斐は風呂にはいり、髪を洗い、髭を剃った。彼はすっかり日にやけていた。躯も贅肉がおちてひき緊り、肩や腕や腰のあたり、筋肉がこりこりして、膚は青年のように、つやつやと張りきってみえた。

甲斐は好きな藍染の木綿の単衣に、白葛布の袴をはき、短刀だけ差して、邸内の隠居所にいる母のところへ、挨拶にいった。母の津多女は茂庭家の出で、故、石見延元の女であり、良人の原田宗資が元和九年に病死して以来、――そのとき甲斐宗輔は五歳であったが、彼女は船岡領四千百八十石のきりもりと、わが子の養育にうちこんで来た。年はもう六十三歳になるが、寒暑にかかわらず、未明に庭へ出て、一刻たっぷり薙刀を振るのと、日に二回の水浴とを、いまでも欠かしたことがないほど、健康であり、芯の強い性分であった。

津多女は甲斐を育てるのに厳格であった。学問や武芸のことは云うまでもないが、七歳の年から、毎年、厳寒の季節になると、山番の与五兵衛に預け、甚次郎の山中にある彼の小屋で生活させた。十一月から二月半ばまで。正月の三日だけ館に帰ることを許されるが、約百日ほどは山小屋に寝起きをし、与五兵衛と同じものを喰べ、山まわりや猟もいっしょにした。