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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

隠居所の玄関で、甲斐はそう声をかけた。

津多女はいま一人でそこに住んでいた。甲斐の声に答えて、彼女は玄関まで出て来、彼を奥へ導いた。

甲斐は半刻ちかいあいだ母と話した。話しは低い声で、静かに続いていたが、ときどきその声が途絶えたり、また、津多女の嘆息が聞えたりした。そうしてやがて、話しを終って出て来た甲斐は、玄関で母のほうは見ずに云った。

「明日、仙台へまいります」

津多女は頷いた。

「国目付が着くまでには、周防も帰ると思いますが、そうでなければ、帰るまで仙台で待つつもりでいます」

「それがいいでしょう」

津多女はまた頷いた。表情に変りはないが、泣いたあとのように、その眼がうるんでいた。津多女は云った。

「佐沼(津田玄蕃)どののほうはどうなさるか」

「私が自分でまいります」と甲斐は答えた。

五月十八日、甲斐は船岡を立って仙台へいった。

彼の屋敷は大町にあり、隣りは北が奥山大学、南に飯坂出雲がいた。そこは広瀬川が大きく曲りこんで来る断崖の上で、対岸に、川へ突き出た丘陵があり、それを越して向うに、青葉城の曲輪の一部と、本丸天守閣を眺めることができた。

彼はまず登城し、それから奥山大学へ挨拶にゆき、在国ちゅうの一門、一家、重臣諸家などへ使いを出し、「所労」