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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

するとやがて、うしろのほうで、女のたか笑いの声がし、周防は振返った。

傾いた陽が斜めからさして、透明な碧色にぼかされた山なみの上に、蔵王の雪が鴇色に輝いていた。朝見たときの青ずんだ銀白の峰は、冷たくきびしい威厳を示すようであったが、いまはもの静かに、やさしく、見る者の心を温めるように思えた。

若い女のたか笑いが、こんどはずっと近いところで聞えた。周防はそっちへ眼をやった。日観寺から登って来る谷のあたりで、けものの咆えるような、男の太い叫び声がした。それにつづいて、若い女たちの黄色い叫びが起こり、谷間の樅や杉の森にこだました。

やがて、枯れた雑木林をぬけて甲斐の登って来るのが見えた。彼は鹿の革で作った股引をはき腰っきりの布子に、鹿の毛皮の胴着を重ね、腰に山刀を一本だけ差していた。茅で編んだ雪帽子を背中へはね、日にやけた、髭だらけの顔をむきだしにして、雪沓をはいた足で、大股に地面を踏みしめながら、歩いて来た。彼は手ぶらであった。獲物らしいものは見えず、うしろに若い女が二人ついていた。

――一人がふじこだな。

周防はそう思った。

女の一人は弓を、一人は壺胡を抱えていた。