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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

甲斐はふじこに云った。

「ふじこはなぜ小坂などへ来ているんだ」

「久兵衛が暴れてしようがねえです」

「おれをつけまわしているんではないのか」

「ときどき小屋へ来るです」とふじこが云った。

「殿さまを覘っても館の衆の眼がきびしいだで、思うように動きがとれねえ、それで小屋へ来ては暴れるです」

「なぜ館へ云って来ないのだ」

「おらあなんでもねえです、あんなかぼねやみの一人や二人、なんとも思やしねえし、父さまも館へ申上げるほどのことはねえ、ちっとのま小屋をあけて、久兵衛の気をぬけばいいって、それで小坂へ来ているです」

「おまえ嫁にゆくのだろう」

「おらがですか」

「久兵衛の嫁になる筈ではないのか」

ふじこは赤くなり「んでがす」と云った。

「それなら早く祝言をしたらどうだ、そうすれば久兵衛も暴れるようなことはなくなるだろう」

「それがそうでねえのです」

ふじこはそう云って、もっと赤くなり、首の折れるほど俯向いてしまった。きよきとなをこはくっくっと喉で笑い、温まった燗鍋と盃を、甲斐の前に置いた。

甲斐は盃を取りながらふじこを見た。

「なぜそういかないんだ」と甲斐が訊いた。

ふじこは答えなかった。