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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

きよきが側から袖を引き「云っちめえな」と囁いた。ふじこは首を振り、それから急に顔をあげて、ああ辛気くせえ、と急に投げやりな調子になって云った、「こんな話しはもうやめた」

甲斐は酒を飲みながらふじこを見た。ふじこは伴れの二人と眼を見交わし、いたずらそうに肩を竦めて、「それより殿さまに知らせることがある」と云った。

「久兵衛となぜ祝言しないんだ」と甲斐が訊いた。

「そんな話しはもうやめて下さい、おら、ごちゃくちゃしたことは嫌いです」とふじこは云った。

そして隅にあった燭台をひきよせ、炉の火を移して甲斐の脇に置いた。きよきは炉へ焚木をくべ、なをこは重詰から、自分たちの肴をべつに取り分けた。彼女たちは雪沓をぬいで、腰掛の上に坐り、甲斐に給仕しながら、自分たちも飲みはじめた。彼女たちが飲むのは、酒を好むからではなく、話しのすべりをよくするためのようであった。酒を飲むときは渋い顔をし、一杯を三度にも五度にも舐める。肴はみな巧みに指で摘み、そして休みなしに饒舌った。

「世の中に男と女があるってことはふしぎなもんだ、そうじゃねえか」ときよきが云った。

男と女があって、男と女でない者がないというのはふしぎではないか。