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しんやのしちょう
深夜の市長
海野 十三
「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页
だってそうでしょう。お隣りの独身紳士と取引する気なら、なにもあんな高価いホテルまで銜えこみはしないわよ」
マスミは穏かならぬ露骨な言葉を交えて使ったが、彼女は別にそれを恥かしいとも思っていないらしい。
「そうかい。ンじゃ、今後僕は君の商品購買者たるの資格を失ったわけだネ」
「まア、どうして?」とマスミは僕と並んで、ベンチに腰を下しながら「ではあたし、本当のことを云うわ。聞いて下さるわネ」
「……」僕は黙って肯いた。
「実をいえばあたし……昨夜、あの狭いベッド・ルームのある苺園ホテルで貴方と二人っきりでいたことが、深く心臓の上に刻みつけられて、もう忘れられなくなったのよ。貴方は立派な紳士ね。憎いほど紳士だわ。あたしはそう云う方にこそ、どうかされたいと思って貴方の迫ってくるのを烈しく待っていたんだけれど……やっぱり貴方は紳士だったわネ。そのためにあたしは兄の四ツ木鶴吉のところへ詫びをしてくださいなんて、神妙なお願いを貴方にしちまったのよ。あたしは貴下のような頼母しい方にお目に懸ることができて、どんなにか嬉しいの。あたしは神様にお祈りをしたのよ。どうかお隣りの紳士の手で、罪深きあたしが救われますようにといって……。