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しんやのしちょう
深夜の市長
海野 十三
「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页
「おじちゃんは、あたいのお父さんがいい人だと思う。それとも悪い人だと思う」
「さあ――どっちだろうね」
「鬼みたいな人だっていうのよ、母アちゃんは。鬼は人間を喰べちゃうのだってよ。あたいたちも見つかると喰べられちゃうかもしれないから、喰べられそうになったら、早く鬼を殺してしまわないといけないんだって……」
「ああ、もうそんな話はよそう。……さあ、酒場ブレーキはもうすぐそこだ。母アちゃんが来ているといいネ……」
ブレーキの前まで来ると、絹坊はうわーッとわが家の門へ辿りついたように、歓声をあげて、中へ飛びこんだ。でも彼女の母親お照はまだ来ていなかった。しかし絹坊はもうすっかり家へ帰って来たつもりで、例の白い瀬戸物の痰壺のところへとんで行くと、ちょこんと腰をかけ、顔馴染の誰彼の方を見てニヤニヤと歪んだ顔で微笑むのだった。――これで僕の役目は済んだようなものだった。だからそのまま僕はブレーキの前を立ち去ったのだった。
その足で、僕は築地よりの河岸ぶちに出て、そこに屋台を出している「錦斗寿司」の暖簾をくぐった。僕は寿司に眼がなかった。食慾がない今夜のようなとき、うまく腹を膨らませてくれるのは、この立ち喰いの屋台寿司に限るのだった。