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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

僕は妙な事件から、妙な老人に会って、それからまた妙なことを頼まれて、なんだか夢に夢を見ているような気持になってきた。

僕は外面の気配に聞き耳をたてながら、

「まだ出てゆくのは危いですね」

というと、老人は、

「そうさなあ、――」

といって、特徴のある小鼻を左右から拇指と人指し指とで摘んでスーッと先の方へ引張った。さっきから見ていると、老人はよくそんな動作をやってみせた。この寒いのに汗でも小鼻の脇についているのかと思ったが、そうではなくて、これは「深夜の市長」どのの一つの癖でもあり、且つ唯一の娯楽でもあるらしく思われた。

「それでは……」

と云いかけた途端に、遠くの方で低くサイレンの唸り声が聞えた。

――火事かな!

と、考えている遑に、そのサイレンはどんどんこっちへ近づいて来た。紛れもなく出火らしい。

「ほう、時も時……」

と呟いて、老人は幕の外へ匍い出した。すると何者かが、バタバタとこっちへ駈けつけてくる気配だ。僕はハッとなって、思わず土窟の片隅に小さく縮まった。

「市長さん、遅れまして何とも申訳ござんせん」と、跫音がピタリと止ると、入れ代って脳天より出るような声、「只今火を発しましたるは、これより南へ二丁ほど先、横川橋は四丁目十六番地に所在致しまする油倉庫にござりまする。