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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

原因万端取調べ中でござりまするが後刻申し奉ります。へえ、お静かに、お静かに……」

「ご苦労、――」

「お言葉、まことに有難うさんで……」

ツツツーとまた引擦るような跫音がして、脳天声の主は向うへ去っていった。

「ハテ殺人事件のあとに、続いて油倉庫の火事とはうますぎるが……。おう、若いの、いいきっかけが、向うの方からお出でなすったぜ。さあ、このどさくさに紛れて、早く抜け出すんだ」

そういった「深夜の市長」の声に、僕は思わず躍りあがった。最早このときにはウーウーとサイレンが二重にも三重にも鳴りだした。僕はパッと外へ顔を出した、すぐ前の屋根の向うが真赤だ。油倉庫の火事だけあって、どッどッと立ち騰る紅蓮の炎の勢の猛烈さ。しかしこれを感心してみとれていることはできなかった。これこそ勿化の幸いと、僕は老人に挨拶もそこそこに火事場の方へ道をとって走りだした。

「いいかネ。頼んだことを忘れるな」

「承知しましたッ」

それから僕は火事場へ駈けつけると見せて、実は刻々に殖えてくる寝ぼけ眼の弥次馬の間を掻きわけ掻きわけ、どんどん脇道の方へ曲っていった。もう誰にも咎められはしなかった。