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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

――

と、まあその辺で僕は悲鳴事件から素直に引下っていればよかったのだ。しかし世の中には分って呉れる仁もあるだろうと思うが、人間というものは如何にそれが間違いのないことであろうとも、その場の気持によっては、必ずしもその間違いのないことに従いたくない場合がある。――僕の場合がそうだった。一生懸命に僕は自分の手足に号令して、早く別の方角へ退くようにと頑張ったのだけれど、僕の手足は――それは多分「黄谷青二」の手足だったらしく、一向に感じないのだった。そして生ける屍に等しい僕の身体を、グングンその悲鳴の発した方角へ引擦ってゆくのだった。

町角を曲ると、果して僕は地上に搦みあっている怪しい人影を見つけた。

「ああ、何です、何です。何うしたんです……」

浅間しくも、僕の身体の中に永らく下宿している「黄谷青二氏」は、浅間信十郎――これが僕の本名だ――の制止する号令も聞かず、遂に弥次馬と択ぶところのない声を発しさせてしまった。ちえッ。「ええッ。――」と同じようにインバネスに中折帽子という扮装の向うの二人は駭きの声をあげ、二人で舁いでいる第三の人物を地面に取り落しそうにした。