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りょうきのはて

猟奇の果

江戸川 乱歩

前篇 猟奇の果、後篇 白蝙蝠「文藝倶楽部」博文館、1930(昭和5)年1月~12月<br>「猟奇の果」もうひとつの結末「猟奇の果」日正書房、1946(昭和21)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 134,971 字 · 270 页

青空文庫

絶えず背後に追手を感じながら、若しや芳江が帰宅していないかと、とうとう家まで来てしまったのだ。

思切って、ソッと格子戸を開くと、すぐ見覚えのある芳江の草履が目についた。ちゃんと帰っているのだ。

彼は何故か音を立てない様にして、玄関を上り、茶の間へ踏み込んだ。そこに立ちかけた芳江がいた。眼と眼を見合わせた二人の身体が、石になった様に、愛之助は立ちはだかったまま、芳江は片膝立てたまま動かなくなってしまった。

「お前いつ帰った」

長い後で愛之助が、吐息をつく様に云った。

「マア、あたし、どこへも出ませんわ」

芳江は何か幽霊でも見る様な、怖わそうな表情で、息をはずませて答えた。

「本当か。あくまで外出しなかったと云い張る積りか」

「あなたどうかなすったのじゃありません? あたし、嘘なんか云いませんわ」

芳江は例の不気味な無邪気さで、ぬけぬけと答えた。

愛之助は妻の驚嘆すべき技巧に打たれた。それはいっそ恐ろしい程だった。突然横面を殴りつけられた感じで、取りつくしまがなかった。

彼は黙って二階の居間に上ると、手文庫から銀行小切手と実印とを取出し、それをふところにねじ込んで、そのまま表へ出た。