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りょうきのはて
猟奇の果
江戸川 乱歩
前篇 猟奇の果、後篇 白蝙蝠「文藝倶楽部」博文館、1930(昭和5)年1月~12月<br>「猟奇の果」もうひとつの結末「猟奇の果」日正書房、1946(昭和21)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 134,971 字 · 270 页
例の事件があってから、愛之助の妻に対する関心が、というよりは愛着が、日一日濃かになって行くのは事実だった。だが、その為ではなく、こうして目の前に置いて見ると、こんな無邪気な女に不義などが出来るとは考えられなかった。
「あのね、一寸ペンと紙を持って来てごらん」
愛之助はふとそんなことを思いついた。
「なになさるの。お手紙?」
「マアいいから持って来て」
芳江が万年筆と書簡箋を持って来ると、
「そこへね、君、恋という字を書いてごらん」
アア、何というあどけない女だ。芳江はそれを聞くと、ためされているなどとは夢にも思わず、恥かしそうに、眼の縁を赤らめて、夫婦の間の、あの特殊の、みだらな笑いを笑ったのである。
「ホホホホホホ、おかしいわ。あなたどうかなさったの」
「マア、兎も角書いてごらん」
「ホホホホホホホ、先生の前でお習字をする様ね」
極めて素直に、彼女はペンを取って「恋しき」と書いた。そして、筆をとめて、愛之助を見上げて、例の笑いを笑って云った。
「次に何と書きましょうか」
愛之助には、彼女がこんなに素直なのは、彼の愛に餓えているからだ。彼女は今久し振りの夫婦の遊戯を楽しんでいるのだということが、分る様に思えた。