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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
「ほんに、そうやわ。―――あのホテル、ちょっとも親切なことないし、サアヴィスなんかも成ってない思うたら、南京虫がいるなんて、何と云うひどいホテルやろ」
幸子は折角の二日の行楽が南京虫のために滅茶々々にされたことを思うと、いつ迄も奈良ホテルが恨めしく、腹が立って仕方がなかった。
貞之助は、ではそのうちにもう一遍旅行し直そうと云っていたが、六月七月はその折もなくて過ぎていたところ、八月の下旬に東京へ行く用が出来たのを機会に、何処か東海道の沿線では、と云い出したので、幸子はかねてから考えていた富士五湖めぐりを所望した。で、貞之助が先に上京し、幸子は二日後から行って浜屋で落ち合い、新宿から立って帰途は御殿場へ出ることにした。彼女は大阪を立つ時に、夏は三等寝台に限る、暑苦しいカーテンのようなものがなく、風がすうすう吹き通すから二等よりは却って涼しい、と云う夫の意見に従って、三等寝台の下段に乗ったが、その日の昼に防空訓練があり、生れて始めてバケツのリレーに駆り出されたので、その疲れが残っていたせいか、とろとろしながら頻りに防空訓練の夢を見ては覚め見ては覚めした。