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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

03 下巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页

青空文庫

何でも蘆屋の家の台所らしいのであるが、実際のよりはずっとハイカラな亜米利加式の台所で、そこらじゅうがタイルや白ペンキでピカピカ光っている中に、研き立てた磁器やガラスの食器類が夥しく並んでいて、それらが、防空サイレンが鳴ると、突然パチャン、パチャン、と云う音を立ててひとりでに破裂するのである。そしてキラキラした細かい破片があたり一面に散乱するので、雪子ちゃん、悦ちゃん、お春どん、危い危い、此方へ来なさいと云って、食堂へ逃げ込むと、又そこの食器棚の珈琲茶碗や、ビールのコップや、ワイングラスや、葡萄酒やウィスキーの罎がパチャン、パチャンと破裂する。此処も危い危いと云って二階へ上ると、今度は電球と云う電球がパチャンパチャン割れる。しまいに彼女は家族を連れて木製の器具ばかりしかない部屋へ逃げ込んで、ようようほっとしたと思うと眼が覚める。………そんな夢を何度か繰り返して見ているうちに夜が明けたが、朝がた誰かが窓を開けた拍子に、石炭殻が彼女の右の眼に這入って、どうしても取り除かれず、涙が出て仕方がなかった。九時には浜屋へ着いたけれども、貞之助は早朝から用足しに出かけたと云うことなので、昨夜の寝不足を補うために床を敷かせて横になって見たが、矢張眼瞼の中に引っかかる物があって、瞬きすると眼球が痛く、その度毎に涙が出る。