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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
ありていに云うと、彼女はその男が誰であるかを突き止めたくもあったけれども、突き止めるのが恐いような気もしたのであった。で、その日、与兵を出ると桑山夫人に別れを告げて、前に一度見たことのある「望郷」と云う仏蘭西映画が新開地に懸っているのを見に行ったのであったが、五時半にその映画が済んで戸外へ出た時、今から行って与兵の近所をうろついていれば、ちょうど妙子とその男とに行き合わす時間であるがと思いながらも、ことさらにその考を打ち消すようにして真っ直ぐ帰宅したのであった。すると、それから又一箇月過ぎて、八月の中旬に、菊五郎が神戸へ来たので、貞之助、幸子、悦子、お春の四人で松竹劇場へ出かけたことがあった。(妙子はその時分、幸子が映画や芝居見物に誘ってもめったに附き合ったことがなかった。自分も見に行くことは行くけれども今日は止めると云って、別箇行動を取ることが多かった)四人は多聞通八丁目の電車道でタキシーを下り、新開地の交叉点を聚楽館の側へ渡ろうとするところで、貞之助と悦子だけが先に渡り、幸子とお春とがストップを食って立ち止まっていると、二人の眼の前を、楠公前の方から来てあっと云う間に通り過ぎた自動車があったが、中に乗っていたのが奥畑と妙子であったことは、夏の真っ昼間のことなので疑いようがなかった。