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じゆうじん
自由人
豊島 与志雄
「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页
唄えない者は、なにか郷土自慢の話をすること。
「ついては、僕から言い出したのだから、僕から先ず始めますが、僕は唄の方はだめなので……。」
そして簡単に要領よく話をした。社長の佐竹君とは同郷の親友であるが、吾々の郷土信州は、北アルプス及び南アルプス其他の高山名山を持っており、人々はそれらの山を観るのに、己が庭に在り己が掌に在るもののように、親愛の情を以てする。そして、山岳に対するこの親愛の情は、人々の気宇を高邁にし、同時に団結を強固にする、云々。
その自己宣伝は拍手で迎えられた。それから次々に、俗謡や挨拶が続いた。もうしたたか酔っている北村庄作は、立ち上って怪しげな小唄振りをやってのけた。
菅原洋平の順番になると、彼は煙草を手にしたまま、極めて、平気な顔付で言った。
「僕は郷土という観念を持ち合わせません。僕にもし郷土というものがあるとしたら、その自然、つまり山川草木については、もう倦き倦きして、少しの新鮮みも感じませんし、その人間、つまり同郷人については、汗や垢にまみれた自分の肉体に対すると同様、古くさいその体臭に、嫌悪の念を覚ゆるばかりです。だから、郷土に自分自身を繋ぎとめるもの、例えば戸籍というようなものが、もし売れるものなら、僕は喜んでそれを売り払ってしまうでしょう。