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きくやしき
菊屋敷
山本 周五郎
「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页
かれらのあいだでは、いちばん年長でもあり黒川門の先輩でもある杉田庄三郎が、いつか指導者のようなかたちになり、青江市之丞がその補助者とでもいう位置で、みんな固く結びついているようだった。
「靖献遺言」の講読にはかなり時日を費やして、ときには激しい議論のこえが母屋のほうまで聞えてくることなどもあった。
「みなさまたいそうご熱心でいらっしゃいますのね」或るとき志保がそう云った、「……わたくしが父からお講義をして頂いたときは、たしか半年ほどで済んだと思いますけれど」
「いや遺言だけではないのです」庄三郎はそのときふしぎな微笑をうかべながらそう答えた、「……遺言の講読をはじめてから暫らくして、わたくしはふとこういうことを考えたのです。ご存じのとおり此書は、楚の屈平、漢の諸葛亮、晋の陶潜、唐の顔真卿、宋の文天祥、宋の謝枋得、処士劉因、明の方孝孺、以上八人を選んでその最期の詞をあげ、義烈の精神をあきらかにしたものです。そしてそれはむろんわれわれを感奮せしむる多くの内容をもってはいますけれども、しょせんはみな海を隔てた異邦の歴史であり異邦の人の詞です。もちろんそれだからといって此書の価値を云々しようとは思いませんし、異国の事蹟をとって参考とする必要もよく認めます。