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きくやしき
菊屋敷
山本 周五郎
「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页
食んで来て、相恩の御しゅくんというものを観念の根本にもっているわれらは、それを飛躍して大義に奉ずる精神をつかむことだけでも容易ではない、こうして同志が相集っているときには火と燃える決意も、おのれ独りとなり、百年伝統のなかに戻るとその火は衰え、決意は決意だけの空疎なものになり易い、おれはいまそれを痛いほど感じた、われわれのこの情熱が、あい寄ったときの酔でないようにありたいと思う」
「とつぜん変なことを云うようですが」端のほうにいた青年のひとりが、ひどくまじめな口調でそう問いかけた、「杉田さんが妻帯なさらないのはその意味からなんですか」
「わたしが妻帯しない意味だって」
思いがけない質問なので庄三郎はまごついたらしい、それよりもなお志保はどきっとした、そしてわれにもなく、庄三郎の返辞に耳を惹かれる気持だった。
「どうして今そんなことを訊くんだ」
「わたくしは先日からこんなことを考えていたんです、禅家が家を捨て親族と絶つのは、生死超脱の道を求める前提です、つまり道を悟るためにまず肉親俗縁と離別するわけですね、妻子親族と絶つことは、つづめて云うと自己の生命の存続を否定することでしょう、親から子、子から孫へと続く生命の系列を自分で絶つ、そこではじめて生死超脱の道を求めるわけです、……わたくし共のめざす道が、大義に殉ずるという